ジューンベリーの実が熟しはじめたとたんに関東地方は梅雨入りした。梅雨がおそかった去年よりは20日もはやく、そうではないいつもの年より5日はやいそうである。「春だ!春だ!」っとうかれていたら いきなりの「あぁ、今日もまた雨・・・」である。おかげで ジューンベリーの収穫もままならず、大き目のビンに2本、小さいビンに2本のジャムを手に入れたところで、気がつけば あっという間に実は鳥たちに食べられてしまった。去年よりたくさん実っていたのにジャムになったのは去年並みである。
ジューンベリーの実を食べつくした鳥たちは雨も梅雨寒もお構いなし、ムクドリは育ち盛りの幼鳥がいるらしく、一家そろって 日に何度も何度もやってくる。ヒヨドリは 1羽か2羽で来ることが多く、ムクドリとけんかになることもなく 異種入り混じって実をついばんでいる。 そんな大きめの鳥たちの賑わいの中にシジュウカラのかわいい姿がないのが 内心さびしかった。そしたら、昨日の朝、雨の中を、ツッピッ、ツィピとよく響く元気な声とともに シジュウカラが一家でやってきた。でも、やってきたのはジューンベリーの木に、ではなく、リビングの目の前のつるバラ『スノーグース』に、であった。ここに鳥が来たのを見たのははじめてであり、それもガラスをはさんですぐ目の前だったので、うれしいより びっくりの方が先だった。 4、5羽はいただろうか、『スノーグース』の枝や支柱にとまり、何やら熱心についばんでいる。私の一番近くにいる1羽は いかにも幼鳥といった感じで、ウッドデッキの上に立ち、伸び上がって 葉っぱの裏をつついている。シジュウカラの後姿を 至近距離で見たことなどなく、だから、「おぉぅ! シジュウカラの後ろ頭の模様はこうなっているのか!」などと 変なところで感動していたのだが、その瞬間、あることに気づき 目の前がパァッと明るくなった。 「そうか! チュウレンジバチの幼虫を食べてくれているんだ!」 チュウレンジバチは 妙にお腹が大きい、蜂らしくない、のんびりした姿のハバチなのだが、私がよく目にするのは その親蜂ではなく、幼虫の方である。硬そうな頭部を持ち、それは 細かな種類によって 黒っぽかったり 黄色っぽかったりするのだが、胴体はみな 艶やかな緑色である。上半身(こういう幼虫に上半身と下半身があるかは定かでないが・・・)の方に丈夫そうな足があり、それで葉っぱにしっかりとしがみつき、ムシャムシャとバラの葉を食べる大食漢である。去年は この幼虫のおかげで 『スノーグース』は1度 丸坊主になっている。だから、見つけるたびに 箸でつまんだり、時には葉っぱごと、枝ごと取り除いたりしてきた。でも、ただ単に殺生するのが申し訳なく、娘たちが1年ほど飼っていたクロオオアリのコロニーにエサとして与えてみたりしたのだが、同じように与えたハエとは正反対に、ほとんど見向きもされなかった。ならば、チュウレンジバチの幼虫を好んで食べてくれるのは誰なのか、っと調べたら、それはアシナガバチなんだそうで、そういえば、確かにここ2年、玄関のコニファーや 鉢植えのバラにアシナガバチらしき蜂が 小さな巣を作っていた。その時はそんな役に立つ虫とは思いもせず、巣を見つけるたびに取り除いてしまっていた。取り除いた巣に入っていたハチの子たちは すぐさまアリンコたちの餌食になっていた。うちで飼っていたクロオオアリはチュウレンジバチの幼虫を食べなかったが、チュウレンジバチの幼虫を食べて育ったであろうハチの子たちは 外の小さなアリたちに食べられてしまうのが不思議でもあった。 そんなわけで、もしアシナガバチの巣を今年も見つけたなら、大事に見守ろうかと思ったりしていたのだが、その食物連鎖のもう一つ先を調べたら、アシナガバチの天敵はスズメバチなんだそうである。去年も一昨年も、ウッドデッキの上で 大きなスズメバチに遭遇し ヒヤッとしたことが思い出された。たった1匹で、あまりにも唐突に、何かを探しているようなそぶりで同じあたりを飛び回っていたのだが、今にして思えば、すぐそばにアシナガバチの巣があったわけで、何かでそれを感じ、探していたに違いない。スズメバチはたった1匹で アシナガバチの巣を全滅させてしまうそうである。アシナガバチの親蜂はなすすべもなく それを見ているだけだと聞く。私が「危ないかもしれないから」と巣を取り除いてしまったアシナガバチは、こちらが攻撃しない限り、向こうから攻撃しかけてくることはほとんどないそうである。それとは反対に スズメバチは時折ニュースにもなるように 攻撃性がかなり強く獰猛なのだそうである。 だから、やっぱり、チュウレンジバチの幼虫退治には、アシナガバチではなく、シジュウカラに活躍してもらいたいのが、正直な気持ちである。 かわいいシジュウカラたちが今後も我が家の小さな畑の庭に安心して来てくれるように、私は鳥たちが去るまで 微動だにせず息を殺して耐えていた。 シジュウカラ一家が飛び去った後、チュウレンジバチの幼虫が減っているのを確認するために雨の中 庭へと出てみた。そして、それが確実になされているのを確かめたら、ふいにある事が心配になった。 1週間ほど前に、鉢植えの『バレンシア・リトル・レモン』にいたアゲハチョウの7匹の幼虫のことである。 通信販売で購入したのが3年ほど前だろうか、枯れもしないが 大きくもならず、新葉が少しだけ出たものの ほとんど動きのない状態で、アゲハチョウにもめったに振り向いてもらえないような木だった。それが、この冬の終わりに、ずっと置いてあった壁際から 1メートルほど前に出しただけで、急に元気になり、春先に未だかつてない数の新しい葉っぱを出したのである。木が元気になると アゲハチョウにもそれがわかるのか、あっという間に7匹の幼虫が暮らすようになっていた。1匹のアゲハチョウが羽化するまでには 何十枚もの葉っぱを食べる、と聞いたことがあったので、「この大きさの木では7匹は無理でしょう」っと 遊びに来ていた姉に嘆いたら、「うちのキンカンの木に連れてっていいよ」と言ってくれた。その時、「でもね、アゲハチョウの世界も厳しいみたいで、案外 揃って大きくなったりしないかもね」っとも姉が付け加えたのだが、結局 姉の予言どおり、7匹いたアゲハチョウの幼虫は どこを探しても1匹しかいないのであった。生き物の世界は厳しいものである。 ![]() この春、つるバラ『スノーグース』がアブラムシまみれになっていたのを テントウムシの幼虫たちが予想以上の働きぶりで 見事に退治してくれた。それを目の当たりにしたので、チュウレンジバチの幼虫にやられつつも、ここで薬を、それも生薬系の薬であっても、使わずに行きたい、っとグッと我慢していた。それでよかったんだな、と 今の時点では感じている。 ずっと前に、畑の大先輩に「畑で野菜を作るということ自体が 一番自然に反する行為なんだ」というような意味のことを教えていただき、「なるほど」と心から唸ったことがあった。畑の庭をはじめた頃には ただ単に野菜で庭を作る、という単純だが新鮮な思いつきにワクワクしていたのだが、数年やっていくうちに 「野菜の庭なんだぞ!」というものではなく、さりげない「畑の庭」にしたいものだという 思いに変り、そして その完成形がいったいどういうものかわからぬまま もがいている。立派な野菜がとれなくてもいい。虫だらけでもいい。この場所に合うものだけでいい。トカゲやカナヘビや各種虫たち、賑やかな鳥たち、たまにカエルなんかも来てくれて、そして時々 そのおすそ分け程度に野菜が食べられたら、そんな畑の庭になってくれたらいいなと 思っている。そのやり方や完成形は未だわからないが、時々感じる 少しだけの小さなヒントを見逃さないように ゆるゆると畑の庭にしゃがんでいようと思うのである。 う~~む。 しゃがみこんで、葉っぱの一枚一枚を裏返して、よーく目を凝らさないと見えないような小さな世界の出来事が、実は自分も大いに関係している同じ世界の出来事なんだなぁ、とあらためて思いました。 虫キライ、飛ぶのコワイ、なんて言ってるだけじゃイカンですね。すべてがぐるっとひと回りしていて自分が生きていられるんですね。 こんばんは なんとなく分かりますよ、hatake-gardenさんの気持。私もいつだったか、可愛いシジュウカラが蝶ょにパクッと食らいつこうとするのを目撃してギョッ! 蛙がヘビに狙われて悲鳴をあげているのを聞いたときのショック、忘れられません。「自然界の連鎖」そう知っていても、目の前に繰り広げられる連鎖ってあまりにも生々しくって・・・。 その世界にいる自分って? ゆるゆるとしゃがんでいるうちにそれまで見えなかったものが見えてくるのかも、ですね。 grass--seedさん、そうなんですよね。自分も大いに関係してる、ほんと、その中の一部なんだなと。不思議ですよね。でも、そんな一部のくせに 一番わがままで贅沢者ですよねぇ・・・。・・・。・・・。(最後のしめに困ってます。笑っていいものやらって・・・。テヘヘ) はたけ番さん、上に出てくる「畑の大先輩」ははたけ番さんなんですよ、私の記憶が正しければ・・・。(←頼りない・・・)おっしゃった言葉は全然不確かなんですけど、意味はそんな感じで、で、すっごく目から鱗で、でも、すっごく納得したんです。「畑好き=自然派」とか自分でも思ったり 世間も言ったりするけど、なんかそうじゃないような気が時々してて、で、だから、なるほど!っと。ずっと心に残ってます。 え〜? hatake-gardenさんの「畑の大先輩」にも私と同じ感想の方がいるんだな、と思ってました(笑)。私は畑は駆け出しですよ! ただ八ヶ岳に住んで以来、自然とヒトの付き合いについてゆるゆる考えてきただけで……。 畑始めたら、農業にもいろんな「派閥」があって、自然農と称してもいろいろだと知りました。結局田や畑や道は元は森林だったわけで、それをヒトの都合で利用して=壊してきた。手作業ならともかく、今は重機でガンガン一気に。だから何だ? と開き直れないだけ、自然界に親しみを持っているのでしょうね。 宝クジが当たったら、CWニコルさんみたく、山を手に入れてオオタカや熊が仕合せに住めるような環境にしたい!! ← 夢は大切! はたけ番さん、最近読んだ日高敏隆さんの「春の数えかた」という本の中の、「人里とエコトーン」という話で、人々が求めている自然とはどんなものなのか、ということが書かれており 自分にあてはめて納得しました。太古のままの原生林ではなく 雑木林であり、それは人が田畑を作ったことによりできたと。 はたけ番さんの夢、いいですね! 私もその端っこに住みたいものであります。へへへ。・・・でも、ほんとの自然ではやってけない虚弱さだから そこそこの自然、草原とかが合ってるのかな・・・。てへへ 自然の中では人間が一番獰猛なんでしょうね。何でも自分の好きにしようなんて。共生といっても今は難しいですが hatake-gardenさんの「畑の庭にしゃがみこんで」というのは共生そのものですね。でも最近出てきたアメリカシロヒトリとの共生はむずかしいですー。 ミケさん、地球温暖化が進んでいるようですが、大きな地球の環境まで変化させちゃう人間ってすごいですよね。私だって、テレビだ冷蔵庫だ冷暖房だってやりたい放題。・・・。うちの犬なんか、ごはん食べたい、お散歩行きたい、くらいなのに。自分で選んだ木なんか植えてるし。・・・自分で選ばなかったら・・・木は桑が生えてたと思います。何度か鳥の落し物から育ってましたもん。庭のスペースを何にもしないでおくとどうなるんだろー。ちょっと知りたい。
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